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「山の郵便配達」 

山の郵便配達

良い映画

とっても良かった

郵便配達人、言うまでもないが郵便物を配達することが仕事

でもこの映画の配達人はとっても丁寧に、郵便物を受け取る人へ、差出人の温もり、を添えて配達する

時には“温もり”が込められていないと知ると自らの真心でもって造った“温もり”を添えて。

まるで

『ポストマンがただのポストマンに修まることなくいつしか民の間で崇拝されるヒーローとなる』そしてそんなストーリーが大好きなハリウッドがリメイク!

・・・みたいな感じですけど(っつーかK・コスナーの「ポストマン」てもしかしてそんな内容??見てないからわからないが)

もうね、全っっ然、違う(完全否定)

そんな陳腐な内容じゃぁナイ!!(はいここ注目ー遠まわしに毒吐いてるよー)

ネタバレします

郵便配達人をしていた父親の後を受け継いだ息子が、父と共に配達の仕事に出る。

息子は初めての配達の旅に出て最初の村へ到着したとき映画なんかでよくある『村人が大歓迎』な展開を想像していた。が、なんてことない皆いたって普段通り

息子はがっかりしながらも父は何年もこんなに地味な仕事を大変な思いをしてやってきたのかと現実を思い知らされる

そして私はさすがハリウッドのヒーロー映画とは違うわーと安心する

ハリウッド的展開→ヒーローの息子が来たっつーことで呑めや歌えのドンチャン騒ぎ・・・

だが、父子がその村を発つとき村人は長年通い続けてくれた配達人が父から息子に代わると聞き集まっていた

ただ、集まってくれていたのだ。

息子はそんなささやかな歓迎で父のやってきた仕事に、そしてこれから自分がやっていく仕事に、誇りと希望を持つ

そして私はやはりハリウッドのヒーロー映画とは全く違うわーと安心する

ハリウッド的展開→ヒーローの息子が来たっつーことで引き続き呑めや歌えのドンチャン騒ぎ・・・



あらゆるシーンで感じる

誰もが誰かのために何かをしてやってあげてるんだという押し付けがましさがなく、でも、みんな確実に誰かのために何かをして生きている。

夫婦、父子、母子、家族、地域、それぞれのあり方が本来こうあるべきだと思わせられる映画。

・息子の成長した姿に自分の若い頃を重ねて目を細める父親の心境、年老いた自分を背負って川を渡る息子の成長した背中を見た時の喜びと悲哀が入り混じった父親の心境

・息子の古い首筋のキズ、父が過去に崖から転落したという事故、知らなかった穴を埋めてく様

・仕事に追われた父は息子と同じ時間を過ごすことが少なかった為に今までお互いの過ごしてきた時の多くを知らずにいたが今回の配達の旅で共に歩きそして話し、 お互いの気持ちを知り合う様

アメリカ等ではあまり見かけない感情の動き、侘び寂びの様なものを感じる

アジア人だから詳細に感じることが出来るのかと思うと日本人でよかったとすら思える。



父と息子の話しばかりで展開されているようだけど決してそうではない

夫と妻、息子と母、というものもしっかり描かれていて

最初で最後の父子で共に歩く配達の道で、夫は息子を通して妻への愛情を再確認して、息子は父を通して母の偉大さを再確認していた

一番印象に残っている、息子が母から言われたという「山の人が山に住む。それが一番合っているから。」という言葉

当たり前過ぎてあえて頭で考えることもそうそうないけどこれ以上当然なことはない

一番合っているからそこに住むんだ、と。

ラストで、これから続けていく配達の仕事を父から受け継いだ息子は今までしてきた母の側で送る在宅の生活を父に伝授する

こうして父子の交代が成された。



旅行で日頃生活しているところとは180度違ったのどかな田舎町を訪れることがある

どんな田舎町でもそこで暮らす人がいればその人にとってそこは生活の場、人生を過ごす場。

それをじっとみていると不思議な気持ちになってくる

人の人生を約80年として、どんなに不便で刺激の少ない田舎でも80年という一生をそこで終える人がいる

都会の生活とどちらが幸せかなんてわからないけど

田舎であれ都会であれ「自分には、そこしかない」という生活が幸せなのかもしれないとこの映画を観て強く思った
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「夢」 

夢

「こんな夢を見た」、真っ黒の画面に白い筆文字でこのフレーズがふらと現れる。


ふんふん、夢の話から始まるのね。(わくわく)


― 晴れているのに大雨の日、家の外を眺めている少年に母親が言った「こんな日は狐が嫁入りするの。だから外に出てはだめよ。狐は嫁入りするところを見られたくないの。見てしまったら大変な事になるわよ。」と。だが少年は外に出て見てしまう。木の陰に隠れて『狐の嫁入り』を。―


少年が隠れて見ていた場所の雰囲気は良し。和歌山の高野山のような荘厳で神秘的なあの感じに似ている。


うん、うん、画が素敵。


でも


『狐の嫁入り』するあの行列の動きが、なんだそりゃ。


まるで『ダルマさんが転んだ』みたい。あ、ちなみに、大阪では『ぼんさんが屁をこいた』です。こんな掛け声しながら子供たちが遊ぶんですよ。私ももちろん叫んでましたよ「ぼーんーさーんーがー屁をーこーいーたっっ!(クルっと振り向く)」なんつって。ダルマさんが転んだかどうかは動いたかどうかを見極めるこの遊びにかなり関連出来たフレーズですよね、でも坊さんが屁をこいたかどうかなんてどうでもいいことなのにね~。なんでこんなフレーズになっちゃったんだろうね~わははははは。


と・・・・・えーと、なんだっけ?


あ、そうそう映画映画。


ぉ、おほんっ。。。


それでも、この少年がこれからどんな展開を観せてくれるのかと期待を捨てずに見守っていると、、、


狐に見つかってしまった少年は、母親に短刀を渡されて「それで腹を切って詫びを入れて欲しいほど狐が怒っているわ。謝ってきなさい。許してもらうまで謝ってきなさい。狐の住家は虹の麓よ。」と言われる。


・・・ん?な?どう展開すんの?コレ?


と思った次のシーンが虹がパラーと輝いているところに少年がたたずんでいるというものでして。


ちょ、ちょ、何?


したら


また


「こんな夢を見た」とさっきみた同じ画面。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あららぁ?


あーららららららぁ~~??


やっちゃったかなぁ~~??


おやぁ~~~??


f?▽?;) ←こーんな状態になっちゃてる私を放ってずんずん映画は進んで行く。


どうやら全部ホントに夢の話みたいでして。


オムニバス形式で8つのハナシ、いや、“夢”が観せられ・・・いやいや、観ることが出来る。観せていただける。観せてたもれー観せてつかわすー観せてー観てーうがぁー・・・・・


グダグダや・・・。


て、グダグダにもなるっちゅーねん。だってさ、あのさ、確かにさ、夢の雰囲気はありましたよ。やけに淡々としているくせにありえないシチュエーションとかシュールなところ。


でも、よそのお宅の子の運動会の映像を見せられる事と他人の夢の話を聞かされる事ほどツマンネーものは無い!オメーに食わせるタンメンはネェ!


「私昨日さぁこんな夢見たんだぁ~~」から始まる話はほぼ2割くらいしか耳に入ってきません。


どんな内容であっても全て“夢”。結局、「で?」としか返事が返せない。


ということは、この映画も「で?」ということで。


この映画の製作にスピルバーグ、そしてマーティン・スコセッシはゴッホ役で登場。


あ~あぁ、もうさぁ、なんかさぁ、映画でもって説教されちゃってもさぁー困るんだけどさぁー、んもー、“巨匠”ってのに偏見持っちゃうぞー


あ、そうそう“巨匠”と言えば、気付いた点が1つ・・・この映画のラストに出てくる水草が透き通った川の中でそよいでるシーンって「惑星ソラリス」のシーンと似てるなぁー、と思いました。これ、黒澤監督がA・タルコフスキー監督に対するオマージュ?ならいいけど(いいか?)じゃなければ“巨匠”は皆、頭ン中では水草がそよいでるのか?なんて思っちゃうとがっかりポイント増量だよ。


とりあえず、カントクの名前で映画を選ぶのはもうやめよう・・・とぼとぼ。。。

「夜になる前に」 

夜になるまえに

ぅ~~ん。。。


歴史・ポエム・作家、、、私はどれも疎いです。


疎い、というか、ニガテ、というか。。もぐもぐ・・・・・


この映画、舞台はキューバ。


2~3日前にたまたま見ていたテレビでキューバのハナシをしてまして。。。


キューバは昔、スペインの植民地だった。で、数百年後にスペインから解放されたのだがアメリカの介入による結果だったために実質はスペインからアメリカの手に渡った、というものだった。その後、独裁政治だのアメリカの干渉だの反乱軍だのとモメにモメてあげく、アメリカと敵対しているソ連と手を組んで、あらゆる“アメリカ”を国内から排除してしまったのでアメリカはキューバとの外交を断絶した。その後、ソ連によるミサイル基地建設がアメリカにバレて核戦争手前までいった、という危うい関係。そんなキューバがアメリカによってスペインから解放できた当時に締結した条約によって今ではキューバにとって“犬猿の仲”であるアメリカの軍基地が国内に存在する。いわば、敵国の中に敵国の基地があるのだ。その地が『グアンタナモ米軍基地』。キューバでありながらアメリカの支配を受ける場所。実際、このグアンタナモの周囲にはキューバとアメリカがお互いの敷地からはみ出さないように地雷を埋めあっている。今、実はこの『グアンタナモ米軍基地』が問題になっている。というのは、9・11事件以降、アフガニスタン攻撃で捕らえたテロリスト容疑者達の収容所になっているからだ。西の諸国からの干渉を受けにくいこの地に隔離して自分たちの好きなように拷問出来る。つい先日、収容されているテロ容疑者が施設内で自殺したことで国際社会の批判の声が高まっている。


というもの。・・・・・・長っっっ!!


歴史はニガテなので、上記の私の解釈があっているか不安ですが。


とにかく情勢はかなり不安定な国みたいです。


そんな国で産まれて特に国が揺れ動いている時代に青春を過ごしたこの映画の主人公は、実在する作家のレイナルド・アレナス。


詩人でもあり、小説家でもある彼の生涯を描いた映画。


情勢不安定な国で『芸術家』として生きるのはなかなか難しい。彼もその1人。


おまけに彼は同性愛者でそのことが迫害を受ける理由にもなった。


波乱万丈な人生が刻々と描かれています。


でも、随所に詩的な表現アリ。


なんせ詩人の生涯ですから。


・・・・・ぅぅぅ、、、ポーエームーぅぅぅ。。。。。  ←苦しんでマス。。。


------------------------------------


このレイナルド・アレナスを演じるのが「海を飛ぶ夢」のハビエル・バルデム。


ギリシャ神話に出てきそうな彫刻刀で彫った様なあの顔。


濃い。


とにかく、濃い。


そんな濃いばんばひろふみ、、、じゃなかったJ・バルデムの☆男と男のラブシーン☆を、前知識をさほど入れずに観てしまった私は


「うそーん」


と普通の声のボリュームで言ってしまいました。


他の出演者にジョニー・デップ。


びっくりするぐらいのチョイ役。


で、しかも


女装してます。


2役しているのでもう1役は軍人の役。


ジョニデのコスプレを楽しみたい人は必見。


そしてショーン・ペン。


カメオ出演でぼーっとしてたら見逃してしまいます。


他はオリヴィエ・マルティネス。


好きな人は好き、ダメな人は本当にダメ。


そんな映画だと思います。


私は、どっちゃでもえーわ です。

「夢のチョコレート工場」 

夢のチョコレート工場

少し前にリメイクされましたね~。


「チャーリーとチョコレート工場」として。


ジョニデがウォンカ役・・・・・・しかも、マッシュルーム。ぷぷ


マッシュなジョニデ、まだ未観なんですよ。


ストーリーは前作と同じなんでしょうか・・・?


噂に聞くと、ブラックなテイストが強めだ、とか。。。


私が今回観た方は、確かに“悪い子におしおき”的なノリでブラック要素は含まれてましたが、バートンが描く『皮肉』とは比べ物にならないお子チャマ仕様。と思われます。


だって、バートンだもの。


きっとチョイ引きするぐらいの懲らしめ方なんでしょうね~。。。。。。


こちらは、いわゆるファンタジー。


途中で、歌って踊るミュージカル場面アリ。(どんより)


登場人物はとりわけ魅力が感じられない。


それはキャスティングに問題があるのか?


それとも新ウォンカがあまりにもキョーレツだから?


古ウォンカは、めん玉ぐりぐりのまあまあキモチ悪いおっさんでした。


ウンパルンパも彼たちの歌も、何とも思いませんでしたよ(涙)


ただ、新ウォンカが観たくなったのは確かです。

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